代表・松清一平のオモイノタケ

社長ブログPRESIDENT BLOG

新たなスタッフを募集しておりますが。。。

カテゴリー: 僕のビジネス論 / 韓国人人材獲得情報 / 韓国向けインバウンド情報 2018年2月10日

現在、会社では新規のスタッフを募集することにしました。
1月末から、リクナビさんの掲載を始めたのですが。。。。。

図1

本日までの2週間で、
100名以上のエントリーを受け付けました。

 
本当に驚いています。こんなちっぽけな会社に、あり得ない人数のエントリーです。

と同時に、今回募集している枠が若干名であることに対し、
本当に心から申し訳なく感じています。

まだまだ大量雇用を行うような体力がありません。

もっともっと産業そのものを活性化させて
いま目の前にある「働いてみたい」というみんなの気持ちをきちんと
受け止められるような会社作りをしようと、感じた次第です。

最近、経営資源の中でも「人」に関することで
目頭が熱くなることが増えました。

景気回復と少子高齢化から、採用がますますしづらくなったと言われる、
今の日本ですが、そんな外部環境の中で、100名超のエントリーを
たまわったことを、重く・深く・受け止め、励みにしています。

ありがとうございました。

そもそも、何で韓国なわけ? 韓国にこだわった仕事をする理由

カテゴリー: asia情報・インバウンド情報 / 僕のビジネス論 / 韓国人人材獲得情報 / 韓国向けインバウンド情報 2018年1月1日

あけましておめでとうございます。
2018年もどうぞよろしくお願いいたします。

IMG_2734

今年は年越しをプサンで過ごし、さっき帰国したところです。

さて。
さすがに、現在の事業を10年以上続けておりますと、
お客様や関係者の皆様から異口同音に、こう尋ねられます

「そもそも、あんたの仕事って、なぜ韓国限定なわけ?」と。

そりゃそうでしょう。

IMG_0542

 

 

 

 

 

 

例えば、こんなデータを見たら、みな一様に韓国と関わりたくないと
思うことでしょう。

面白いのは、ほぼずーっと「(韓国に)親しみを感じない」人が約半分は
日本国内に存在し、その差は中国と比較しても「根強さ」が窺えます。

それゆえに、ひもとけるだけ、ひもといて、私が今の事業を立ち上げた
理由をつまびらかにしたいと思います。

理由1:僕の祖先は「朝鮮半島に生かされた」運命をたどったから

まず、私の出自ですが、そもそも大学時代に
本籍地を知り、戸籍を調べて明らかになりました。

ちょっと珍しい「松清(まつきよ)」家、実は、対馬藩の武家の出です。
図3

もう亡くなった祖先の部分のみ掲載しますが
江戸時代はずっと武家屋敷に居を構えておりました。

対馬藩とは10万石格(相当)とされておりました。
実際は田畑の少ない地ですので、穀物・野菜の一部は
朝鮮半島の食物の輸入に頼って、命をつないでました。

転機となったのは、明治時代。
武士は身分もなくなり、1離島の対馬には
最たるビジネスがあるわけでもなく、
我が祖先は新天地を目指し、当時植民地に
ならんとしていた、韓国へ渡りました。

図4

戸籍にしっかり載ってました。1903年ですので、まだ正確には
併合前です。が、日本名の住所が割り当てられ、転居先が
明確に記されております。

図2

当時の外務大臣は、小村寿太郎。
あの、条約改正を為した、歴史上の人物。
そして釜山の領事館長は、戦後すぐの首相となる
幣原喜重郎です。歴史の重みを我が戸籍から
垣間見てしまいました。

となりますと。対馬・朝鮮半島にて命をつないだ我が祖先は、
トータル300年近く、朝鮮半島の食によって支えられたという
事実があります。私は自分のDNAと命がいまここにある以上、
これは「縁」と「恩」と捉え、感じざるを得ない、逃れざる事実です。

理由2:僕の親の世代こそ、大の韓国嫌いだったから

さて、朝鮮半島に渡った我が祖先は、大正元年に
統営市にて、時計宝石業&電化製品の卸売業を始めたそうです。



この辺です。今は中央市場となっています。
聞くところによると、かなりの荒稼ぎをしたそうです。

私の父が、その自慢話を祖父たちから聞かされていたそうで。
「荒」が付くので何があったのか、ほぼ想像つくと思いますが、
その反動から1945年になって終戦を迎えると、状況は一転。

現地で暴動が起き、ほぼ身ぐるみ剥がされて、一家は
命からがら、引き揚げ船に乗ったようです。

その行先が、唐津経由で日本へ。そして陸路で福岡に着いたようです。

そのあと、すぐにご縁があったようで、
福岡市天神にある新天町商店街に店と居を構えました。

図5

当時(昭和22年)のカレンダーがまだ残っておりまして、

図1

しっかり載ってます。

まぁ、こんな経緯があったせいで。
私の実家は、韓国と韓国人に対して、さまざまな恨みつらみを持っており、
その声をほぼ毎日、私自身も聞かされながら、幼少を育ちました。

そして福岡や大阪には、こんな経験をしている人がたくさんいます。
私は、こういう歴史的な背景(どっちの善悪は問わない)が、冒頭のグラフにある
「親しみを感じない人が半数いる事実」に繋がっていると確信しております。

そしてその事実を、市民活動や政治活動で変えるつもりも
気力もそもそもありませんでした。しかし、どこかで気にはなっていました。

理由3:韓国人人材の採用マッチングは、恩師からの要望だったから

これらの背景や謎をもうちょっと自分自身で知り、
そして何か、新しい解決策を作れないものか?

当時、韓国関係の取材がとってもしやすい、という業界情報をもらって、
朝日系の放送局を選択し就職しました。

「お前はサヨク系だろ?!」とか言わないように(笑)
私自身の謎ときには、最適な職場でした。

そしてありがたいことに、テレビ制作部に配属となり、
北九州の在日韓国人のおばあちゃんの取材をさせてもらったり、
釜山への観光、サッカーなどの取材を実行したりできました。

取材の精度をさらに上げるために、1997年から韓国語を学び始めました。
当時は韓流ブームもなく、教材や教室も乏しいころでした。
韓国語を学ぶこと自体が、なんか変わり者な空気もありまして、
自分の意志を貫くには、とても厳しい環境だったことを覚えています。

そして、当時の韓国語塾の先生に頼み込んで、
その先生の卒業した大学の日本語学科の先生を頼り、
マンツーマンの講義を1か月近くしていただきました。

スパルタでした。。。。めちゃ怖かった。

 

ただ、ありがたいことに、その先生とのご縁が続き、
以降ほぼ毎年韓国に伺い、
釜山では、毎度会っていただくようになりました。

そんなある日、先生からこう言われました。
「俺の教え子の就職の面倒を見ろ」と。

「いやです」(自分の父の代の韓国嫌いっぷりを死ぬほど知ってるので)

このやり取りが何年も続き、ついに先生はキレました。
「お前が(就職斡旋の仕組みを)作らんかい!?」と。

どうしてそこまで言うのか?そもそもの疑問があったので尋ねると。。。

「韓国人就職のあっせんは日本人のお前がしなければならない。
韓国人のあっせんは、インチキばかりで、ろくな奴がいない。
俺が直接企業に乗り込んでも、相手にしてもらえなかった。
在日韓国人にもこの仕事はできない。韓国側の信頼が得られない。
だから、お前なんだよ」と。。。

言ってる意味がいまいち分かりませんでしたが、このころから悟ったことがあります。

得た結論

結局のところ、対馬の血をひく僕自身が「日韓の矢面」なんだ、と。
ちまたの方々は「懸け橋」という美しい言葉を使います。

でも僕はちょっと異なる考えでして、両国の関係って、結構ドロドロしてて、
恨み節やディスり合いの積み重ねが今を作っています。

朝鮮出兵の後の、戦後処理を「させられた」のも対馬藩です。
当時から対馬は「矢面」です。そしてそれは今も経済の立ち位置的には
あまり変わらないと思われ、かつそこに使命があると考えます。

図6

朝鮮出兵後の、対馬藩による国書偽造はその最たるものです。
この史実を見て、朝鮮半島ととのかかわりにおける祖先の地の
重要性を痛いほど学びました。

それゆえに私には
韓国へ親しみを感じない、正直嫌いだと感じる日本の経営者の
考えを正すなどという高邁な考えは微塵にもありません。
嫌う人には嫌うなりの経験や理由があり、その過去に基づく感情であるなら
それは尊重しなければなりません。

だから、私は小学校教育にたずさわる一部の方々が
日韓交流が大事だと、韓国語を教えようとするような
視野狭窄でお花畑的思考が大嫌いでして、
全くそれらを受け付けません。

ゆえに、経済活動という視点、そしてビジネスの視点に立った時、
リソース調達の場、そして市場という場において、
単に毛嫌いして避けたり、無視したりするには
「もったいない」のに、
日本国内には韓国市場を上手に使いこなせない空気が
はびこっており、それを正すことで得られる利潤やメリットの
大きさを伝えたいだけなのです。

両国間のさまざまな不信感は、
「情報不足による不安」から生まれています。

しかしながら、2017年に日本を訪れた韓国人客は
のべ700万人という空前絶後の人数になりました。
そんな訪問客はみな、
我が国への不信や不安は持ち合わせていません。

その情報網もこの10年でホスピタブルでコツコツ積み上げてきました。
我が国のファンが韓国国内に増えることが、日本語教育の発展ならびに
韓国人の日本企業への就職の一助になることは間違いなく、
事業そのものが日本国の国益にかなうと信じております。

矢面は、矢面なりの生き方と死に様を後世に見せつけることが、
重要であろうと思います。過剰な気遣いをせず、言いたいことを政治関係者や
ビジネスの重鎮がしっかり言える環境と空気を作れれば、自然と不信感は
減っていくだろうと思います。あくまで夢でしかありませんが。

あと20年かかると思います。まじで。でもその礎は今から作ってて遅くないと私は思います。
今、日本を訪れる韓国人客、そして今、日本企業へ就職してくれる韓国人の若者を
大切にしてあげてください。そこには未来の種がつまっています。

矢面からの御願いです。

今年もよろしくお願いいたします。

集客に関するご相談、お問い合わせは下記より
contact-or400

韓国人はなぜ福岡でハンバーグ店に行列を為すようになったのか?(2)

カテゴリー: 韓国向けインバウンド情報 2017年12月31日

フェーズ4 韓国国内に極味やそっくりのお店が出現 その名も「フクオカハンバーグ」

「福岡はハンバーグが有名な食べ物である」という
当初においてはあらぬ誤解(笑)が、韓国に浸透していったのは、
ホスピタブルとパルコさんのプロモーションだけが、
直接の原因ではありません。

 

IMG_1171

 

 

 

ま、実は韓国あるあるですが、
時同じくして、この「極味や」さんのコンセプトを、ある種 丸パクリした店が
韓国国内に誕生したのです。

IMG_1172

 


と言っても、これに極味やさんはじめ、誰も目くじらを立てなかったのには
いくつかの理由があります。
(1)日本⇔韓国 は双方向に検疫が厳しく、牛肉の輸出入ができないため、
正確な味の再現が不可能
(2)むしろ商品知名度、店舗立地知名度の向上に寄与するメリットが大きい

このあたりでしょうか?

IMG_1173

この店名を
「フクオカ ハンバーグ」 と言います。

なんと、フクオカという地名が店舗の名前にくっついてデビューしたのです。

IMG_1174

私の知る限り、2008年当時、初めて韓国人パワーブロガーの皆さんと
お会いしたころ「フクオカ」の知名度は、ソウルではほぼ皆無だったと言っても
過言ではありません。

「どこ、それ?」と尋ねられたものです。

それは釜山でも同様。そもそもフクオカって、地名?みたいな感じで。

IMG_1175

それが、この店舗の登場を契機に状況が一変しました。
そして、本来の極味やさんのコンセプトであるレア肉のハンバーグが
商品の売りであることも、ご丁寧に伝えてくれています。

IMG_1176

こちらは韓国語で、同じような説明があります。

もともと、極味やさんの元祖のハンバーグの横に付いている、追加で焼くための
熱々ペレットは、開店当時はありませんでした。

パワーブロガーさんたちを招聘したときに、1つのアイデアとして
提示したことが、汎用のきっかけになっています。
もともと韓国人は
「自分で〇〇するのが好き」
「顧客全員がレア肉を好きではないので、好みで火を加えられるカスタマイズが好き」

というマーケット情報に基づきます。

フクオカハンバーグ はそこも真似しております。
韓国人に受け入れやすいことを知ってのこととは、思いますが。

IMG_1177


フェーズ5 「フクオカハンバーグ」の元祖たる「極味や」&福岡の他のハンバーグ店へ顧客逆流

それゆえに。
・気づいたら、「福岡」の知名度は韓国で、フクオカハンバーグさんのおかげで飛躍的に上がった
・韓国からのお客様は「フクオカ=ハンバーグ」と思ってくれるようになった。
それはあたかも「ナガサキ=チャンポン」「オサカ=タコヤキ」のように。
・韓国人客は、「フクオカ_ハンバーグ」で検索すると、
「極味や」が最初に出て来るので、そこに行くようになった。
・気づいたら、みんな「極味や」に並ぶようになった
・リピーターは、「福岡のハンバーグが美味い他の店」にも行くようになった。
↑ いまここ です。

fukuokah

テレビ取材の時に回答してくれた韓国人の男性
テロップには「福岡のハンバーグ」と書かれていますが
音声では「フクオカハンバーグ 最高」と言っています。

彼は、フクオカハンバーグさんの本店と勘違いしているかもしれません。

でも、あらぬ誤解でよろしいかと。
結局は福岡は知名度が向上し、外貨が稼げる新しい商品を創造するにいたったのです。

ホスピタブルは、こういう仕掛けを各地に作って行きたいと思っています。
既に福岡のみならず、数か所で完成しており、これをさらに広げていきます。

良いお年を(◞‸◟)

1つ前の記事 韓国人はなぜ福岡でハンバーグ店に行列を為すようになったのか?(1)

韓国人採用 本気ですか?(韓国人採用のリスクを考える)

カテゴリー: 韓国人人材獲得情報 2017年12月30日

「韓国人採用のメリットは何ですか?」
という質問が、とある地方自治体の方から入りました。

どうやら、韓国人人材採用に関するセミナーを行うらしい。
そもそも、こういうフリーライド的な質問にかこつけた情報収集が
死ぬほど腹が立つのだが、毎度のように私はこう答えます。

「ありません。リスクだらけです」

そう言うと、絶句しますよね。じゃあ何で事業やってんの?的な声が
電話口から聞こえてくるようです。

risuku_01

私はセミナーでいつも、上記のような
スライドを見せます。

リスクはだいたい4つに大別できるのです。

 

 

では、こんなにもリスクがあるのに、なぜホスピタブルは
韓国人人材の職業紹介事業を営むのか?

それは、明確な理由があります。
これらの「リスクを回避するノウハウがある」からに、他なりません。

これらのリスクとは「自社で対応した場合のリスク」です。

韓国政府も、韓国の大学も、貴社の就職への責任は取りません。
ビザの責任も取るどころか、知識もありません。
っていうか、知ったことではないのです。日本での話だから。

そんな状態で求職者の環境うんぬんを見て、日本側の自治体が
「採用に関するメリット」などを謳うなんて、危なっかしくて見てられません。
結局そんなセミナーを企画する人たちも、3年以内に異動して
企業が困ったことになっても、何ら責任とらないのですから。

就職とは一生に関わる一大事です。
求職者の熱意を汲み取り、御両親の不安を払拭し、
企業が悩むそもそものミスマッチを解消し、
人材を育てる環境を整え、かつ企業が外貨を稼ぐ術を
作り上げる仕掛けを提供しなければ、
外国人採用はできないのです。

だから、いつも「本気ですか?」と問うのです。
本気でない人は、メリット云々を標榜することを止めて欲しいものです。

韓国人はなぜ福岡でハンバーグ店に行列を為すようになったのか?(1)

カテゴリー: asia情報・インバウンド情報 / 韓国向けインバウンド情報 2017年12月29日

さすがに、いろいろなところで話題になったり、
実際に行列を見たりすると、
「誰が仕掛けたんだ?」と、思われる方が
少なからずいらっしゃると思います。

仕掛けたのは、ご承知の通り、ホスピタブルなのですが、
その経緯を細かくお伝えしたいと思います。

たまーに「俺がやった」的な、変な方がいますので、
その辺の手柄欲しい的な方を完膚なきまでつぶす意味合いもあります。

まずは長い長いいきさつを知って下さい。

フェーズ1 もともとはRKBさんのご紹介でPARCOさんと出会う

2009年に始まったFACo(福岡アジアコレクション)において、
初回からお仕事のお手伝いをしたことで、以降当該イベントへ
お声掛けを賜るようになりました。

 




韓国人デザイナー カン ヒスク氏のコーディネイト、アテンドをいたしました。






 

 

フェーズ2 FACo2010で福岡PARCOさんが協賛 シンデレラガールコンテストを担当

2回目のイベントで、同年3月にオープンする福岡PARCOさんが、
FACo シンデレラガールコンテストへ協賛しました。

この企画は、一般モデル10名のファイナリストをランウェイに出し、
その中から、最終的な王者を競うものです。

2010_03_16_001.JPG
PARCOさんからのオーダーは
「ファイナリスト10名中、4名を韓国人にしてほしい」というものでした。
開業前から、インバウンドを意識した、非常に先駆的な取り組みです。
我々の事前募集で400名の応募があり、その中から4名を選出しました。

民放主催のイベントなのに、
NHKさんが取材してくれたのが印象的でした。

フェーズ3福岡パルコ開業 そこで放たれたオーダーは???

遅滞なく、開業後にインバウンドプロモーションのオーダーがPACROさんから入りました。
ところが。。。。

そのオーダーが、一般的なデベロッパーや、SCのオーナーからのものとは異なるものでした。
・一般的オーダー:館(やかた)全体を総花的に取材してくれ
・パルコのオーダー:韓国人の老若男女を問わず、必ず訪れるであろうお店を一店舗抽出してくれ

ある種、無茶ぶりともとれるこのオーダーに対し、
ホスピタブルは男女4名の韓国人パワーブロガーを
抽出し、取材すべき店舗を検討すべく、フロアガイドをもとに、事前折衝をしました。

すると・・・・

全ブロガーが、「絶対にここです」と言った場所が「極味や」だったのです。。
(ブロガー同士、横で話してませんよ(笑))
めちゃくちゃ驚きましたが、ここは素直に従い、実行に移しました。

kiwamiya001

その結果は、皆さんのご存知のとおりです。
確かに、行列がうまれ、博多バスターミナルに2号店ができ、
そちらまで行列がうまれたことが、今にも続いております。

 

図1
(2013年放送 FBSめんたいワイドより引用)

 

ところが、この結果が出だしたのは、2013年です。

契機は、2012年12月の政権交代、それ以降の円安への為替移行です。

kiwami003
(2017年放送 RKB今日感テレビより引用)

 

実は2011年に東日本大震災&福島原発事故があり、
パルコどころか日本への来訪者が激減した時期がありました。

しかしパルコさんは、ドン・キホーテさんと同様に、
斯様な状況でも
プロモーションをやめませんでした。

そもそも人が来訪しないときに、行うことが集客促進(プロモーション)であるのに
日本のほとんどの企業が、広報という大切なはしごをはずしにかかったにも関わらず。

この間の地道なプロモーションの継続が、現在の行列形成に
繋がっていることは、まぎれもない事実です。
だから、他の企業の方々がどうしても超えられない壁があるのは
「逆張り」と「地道」という2つのコンセプトが根底にあると感じます。

しかし。


IMG_2791




極味やさんに韓国人があれだけの行列を為したのは、これだけが理由ではありませんでした。

つづく「韓国人はなぜ福岡でハンバーグ店に行列を為すようになったのか?(2)」

最近の投稿

カテゴリー

バックナンバー