ラジオは何故面白くないのか?(18)

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あまり過激なことをしょっちゅう書いては、いかんかなぁと思ったり
意外と今まで書いたことに対して、検索から見てくださっている方が
多いようなので、しばらくスクリプト投稿を控えていました。
さて、ようやく書きたくなったのは…。
もうすぐ4月。つまり改編の時期が近いですね。
この頃にうごめくもの…それはオーディションです。
そう、以前はポジティブなオーディションが多かった。
未来のパーソナリティ、タレント、しゃべり手たちを育成して
その土地その土地の情報の語り部になってもらうための
人材育成に不可欠だったわけです。
ところが。
昨今のラジオ局、とりわけローカル放送局においては
ネガティブなオーディションがほとんどです。
では「ネガティブ」とはどういう意味なのか?
一言で言えば「しゃべり手の埋め合わせ」です。
つまり内容や実力なんかどうでもいい、とにかく埋めよう。
でもできることなら「即戦力」になる人間が欲しい…。
という放送局特有の都合の良いわがままから、行うものです。
で、なぜこのような「ネガティブオーディション」が増えだしたのか?
これまた理由は簡単で、「自社での人材育成を止めた」からに他なりません。
ラジオ単営局も兼営局もアナウンサーの採用を止めたり減らしたり。
自社社員によるしゃべり手を抱えないことの、短期的視点のメリットに
右へ倣えで方針転換したわけです。
これがコンテンツ…ひいては媒体価値そのものの下落を招いています。
この現象は顕著で、インターネット内コンテンツの充実と相まって
SIUの低下や広告費減少などが示すごとく、ラジオ媒体の価値は
対リスナー、対クライアントとも「減」です。
そしてもう、おそらく修繕不可能な域にまで達しています。
パーソナリティの育成には最低5年が必要です。
その間、尋常ではない根気が必要です。
そのパーソナリティにやる気と根性があり、ディレクターも気合を
入れ続け(この継続が重要)れば、辛うじて
3年程度でクリアできる人もいるでしょうが…。
「やってみせ、説いて聞かせて、させてみて、ほめてやらねば人は動かじ」
ほぼこの毎日。厳しくしたりなだめたり…。
残念ながら、放送局にはこの指導ができるディレクター自体がほとんどいません。
そして仮にいても、「指導しない」のです。
彼らに今、そのモチベーションはありません。なぜか?


それは、しゃべり手がアナウンサーでないからです。
つまり指導し、質を向上させたところで、それは
「社の財産」「局の財産」にならないからです。
そのタレントそのものの財産になるのに、自分の心血や
時間を費やし、自分だけが持つノウハウを渡す気は
さらさらないでしょう。
ディレクターたちも外注ばかりで、しかも良い仕事をしても
一向に評価が高まらず、ギャランティも変わらないようでは
人に何かを伝承する…という作業をするはずもありません。
放送局の経営において、最も重要なのはこのノウハウ伝承と
コンテンツ創造の源である、モチベーション作りです。
モチベーション構成は、著しいチームワークとロイヤリティ…
つまり局やステーションに対する忠誠心を育成します。
これらが責任ある放送体制の自浄作用として働くのです。
よい人材が生まれない構造を作り出した、バブル以降の
放送局の経営陣のおかげで、放送局の…とりわけラジオ局の
財産はすでに底を尽きました。
だから、ラジオは面白くない。

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コメント

  1. おーくぼん より:

    まぁ何だ、この点ではテレビも変わらんぞ(笑)
    ただ、昔は社外の人間に対しても それなりの指導をしていたと思う。
    そのことにより、所属意識的なものができてたしね。
    内部の人間が減少している今だからこそ外部を大事にすべきだと思うのだが、流れは逆ですな。
    喋り手、スタッフ関わらず。
    あと外部の立場だと、作った中味を評価できる局員が年々減少しているのが痛いねぇ。
    御社はまだマシですが。
    中味が評価できないから、新しいのは育てられない=実積がある人へ任す
    というのが現状かと。
    向こう5年から10年は 遺産で食えるでしょうけど、その後はどうなることやら。

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